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江戸優り佐原の大夏祭り
千葉県香取市佐原 2011年7月15日~17日
佐原駅 山車 時計塔
2011年7月15日
江戸優り・佐原の大夏祭



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佐原の大祭り 2011年7月15~17日開催 荒久・経津主命の山車


「佐原の大祭」
夏祭りと秋祭り(ユネスコ無形文化遺産/国指定 重要無形民俗文化財)は、関東三大山車祭りの一つと称され、約300年の伝統を有する。
日本三大囃子「佐原囃子」の音を町中に響かせながら、小江戸と呼ばれる町並み(国選定 伝統的建造物群保存地区)の中を家々の軒先をかすめながら進むさまは風情たっぷりで、江戸時代の情景を彷彿とさせる。
自慢の山車は、総欅造りの本体に関東彫りの重厚な彫刻が飾り付けられ、上部には江戸・明治期の名人人形師によって制作された高さ4mにも及ぶ大人形などが飾られている。八坂神社祇園祭である7月の夏祭りは、小野川をはさんで東側一帯本宿地区を10台の山車が曳き廻される。一方、諏訪神社秋祭りである10月の秋祭りは、小野川の西側一帯新宿地区を14台の山車が曳き廻される。
「水郷佐原山車会館」では、夏祭りと秋祭りの山車が1台ずつ交替で2台展示されている。


2011年(平成23年)7月15日(金)かねてより心の片隅に残っていた、1983年放送のNHK銀河テレビ小説『歳月』中井貴一/島田陽子/の舞台になった街 千葉県北東の町 佐原へ佐原の大祭り見物にでかける。

佐原は伊能忠敬 生誕の街で水運を利用して江戸との交易で栄えていて今も昔の面影を残す町並みが小野川沿岸や香取街道に残っている。歴史景観を残し、またそれを活かしたまちづくりに取り組んでいることが認められ、関東で初めて「重要伝統的建造物群保存地区」に選定された。昔から業を引き継いで今も営業を続けている商家が多く、生きている町並みとして評価されている。




JR成田線で夕方5時過ぎに佐原駅に到着する。駅は商家風の造りで風情がある。
改札を出るとすぐテントで設えたお祭り案内所があり、そこに寄って山車や佐原囃子など祭りの詳細を聞いてから街歩きを始める。

駅前大通りを進むと正面に諏訪神社が見えてきてその入口には小さな公園に佐原市民が誇りにしている『伊能忠敬』の像が奉られていた。
伊能忠敬は九十九里町で生まれ18歳で佐原の伊能家に婿養子に入り50歳まで佐原で過ごした後江戸に出て、当時の平均寿命を考えると考えられないことだが、それから日本の測量を始め完成させたのはすごい事と思う。
現代に置き換えると退職後70歳半ばから初めた大事業を成し遂げたことになる。
忠敬旧宅は小野川岸の船着場前にあり今年3月の東日本大震災の影響を受け屋根は崩れブルーのシートに覆われていた。地震の被害はそこかしこに見られ、大通りでも半壊した家屋もおおく見られた。佐原は太平洋まで30㎞ほどなのだから無理もないと思うが、こんなに被害が及んでいるとは想像も出来なかったが、あらためて地震の大きさを感じた。
伊能忠敬について 資料:Wikipedia
延享2年(1745年)1月11日、神保貞恒の次男として上総国山辺郡小関村(現・千葉県山武郡九十九里町小関)の名主・小関五郎左衛門家で生まれる。宝暦12年(1762年)、18歳の時に、下総国香取郡佐原村(現・香取市佐原)の伊能家に婿養子に入り、以来しばらくは商人として活動する。伊能家は、酒、醤油の醸造、貸金業を営んでいた他、利根水運などにも関っていた。商人としてはかなりの才覚の持ち主であったようで、伊能家を再興したほか、佐原の役職をつとめたなどの記録が残されてかなりの財産を築いた。
 寛政6年(1794年)12月、50歳の時に、家督を長男景敬に譲り隠居、翌年江戸に出る。江戸幕府の天文方・高橋至時に師事し、測量・天文観測などを修めた。その際、天体観測を利用し地球の大きさを仮定するが、師匠である高橋至時に、基準とする距離が短過ぎ不正確である、あるいは江戸と蝦夷地ほどの距離を元にすれば推測も可能であろうと一笑に付される。この事が、忠敬が後年測量の旅に出るきっかけの一つともなった。寛政12年(1800年)、56歳の時に、第1次測量を開始。最初の測量は蝦夷地(現在の北海道)およびその往復の北関東・東北地方において行われた。宗谷付近については、当時、伊能がその弟子であった間宮林蔵に依頼して行わせた測量結果を基に作図が行われた。ただし、忠敬の測量が極めて高度なものであったことから、その後徐々に幕府からの支援は増強され、国家的事業に育っていった。また、この際に地図投影に必要な地球の大きさを見積もるため、江戸深川から野辺地に至る路線の測量により、緯度1度に相当する子午線弧長がおよそ28里2分(110.7km程度)に相当すること、またそれを元に、地球全体の外周がおよそ4万km程度であると推測した。この値は、現在計測されている数値と0.1%程度の誤差であり、忠敬の測量の正確さの証左とも言える。こうして作られたのが大日本沿海輿地全図であり、大変精度の高い日本地図として評価された。完成したのは忠敬没後の文政4年(1821年)であった。

震災の爪あとがそこかしこに残っている。右は忠敬旧宅


忠敬像の公園を左に折れ秋祭りの行われる諏訪神社の大鳥居前を小野川付近に向かって歩く。
此のあたりは祭りの期間中というのに全く静かで普段と変わらないようだ。


小野川沿いは佐原で最も佐原らしい家並みの続く地区だ。
忠敬記念館前から橋を渡り忠敬旧宅前にくる。川岸の商家の前には石段の船着き場が備えられ昔海運の盛んだった頃の面影を伝えている。


伊能忠敬旧宅前の時計塔

小野川沿いの割烹宮定、佐原らしい造りで入ってみたくなる風情ある建物。

佐原の町は映画やドラマのロケ地として数々の作品に登場して、宮尾登美子作ドラマで松たか子主演の「蔵」「櫂」や映画「うなぎ」「死の棘」などにも撮影に使われている。
途中の瀬戸物屋さんでお土産に徳利を買う。


お祭り見物の前に小野川沿いの道を戻って夕食は口コミで調べておいた佐原の人気店『うなぎ・山田』に行く。


『うなぎ・山田』は佐原の人気店で数々のブログで紹介されていたので、祭り見物と同時に寄る事を決めていたので期待を込めて店に入る。


店は二階が座敷で一階の店に入る。店内はテーブル席4つと小上がりだけの小さな店だが満席で口コミの通りを予感させる。一番奥の席について、中年の女将さんにメニューの中から、じか重(うな重)、白焼き、佐原の地酒「東薫」冷酒を注文する。


うなぎは注文してから結構時間がかかったがしっかり料理してくれているものと考えながらお酒を飲みながら待つ。
しばらくしてから運ばれてきたうなぎは一口くちに入れると、しっかり自然の風味のする味で期待通りのものだった。わさび醤油でいただく白焼きも臭みがなくたいへん美味しかった。


うなぎを満喫し店を出るともうすっかり陽が落ちた夜道を又小野川沿いを歩いて下る。 遠く祭りのお囃子が聞こえる方に向かって川風を受けながら歩くのはとても気持ちよかった。
久しく忘れていた日本の夏風景だ。忠敬橋から左の八坂神社までが祭りのメーン会場大通りで屋台や舞台の周りは人の波で埋まっていた。


小野川べりは今はいつの時代なのか、平成23年とは思えない、時間と時代を超えた空間がひろがっている。
忠敬橋の通りはすでにお祭りも佳境に入り山車を曳く人、演奏する人、見物する人皆最高潮に盛り上がっている。

お祭り広場の会場では佐原囃子如月会の演奏が続いている。江戸時代から続く佐原囃子の曲目は、「役物」「段物」「端物」の3種で重要無形民俗文化財に指定されている。
お囃子は太鼓、鼓、笛など6種の楽器を使って演じられる。


お祭り一番の出し物『山車』は一番上に歴史上の人物、その下は山車を取り囲むように笛や太鼓の演者が並び「佐原囃し」を賑やかに奏でながら、揃いのはっぴ姿の町内衆に曳かれて進んでいく。
土、日は8台だが初日の今日は金曜日でそのうちの2台だけが町を曳き回される。

日本書紀に出てくる神様「経津主神」山車

山車の前では手古舞の流れをくむ手踊りが披露され,、後ろからは子供達などがやはり揃いのはっぴ姿で踊りながら着いていく。しばらく忘れていた昔ながらの祭りの風景は心に沁みる光景だった。

「佐原囃子」を演奏する下座連

大田道潅の山車は今日は出番がなく、わき道に鎮座されていて、その前には山車の持ち場の町内の人たちが料理やお酒を並べ宴たけなわ。


佐原の街並、祭りの山車や佐原囃子、ゆっくり観て堪能でき、日帰りの小さな旅だったがとても郷愁を満たしてくれた佐原一日だった。




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祭りも終わりに近づいていて祭りの終わりの寂しさを感じながら佐原駅に戻りJR成田線で帰路に着く。

2011年7月15日江戸優り・佐原の大夏祭
終
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